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佐村河内守 金スマ  <まとめ>病気・家族・ツアー日程は? [佐村河内守 金スマ]

佐村河内守 金スマ



[ぴかぴか(新しい)]佐村河内守 金スマ[ぴかぴか(新しい)]

佐村河内守(さむらごうち・まもる)


今回の放送は、
とても心がしめつけらるほど、思い知らされた気がしました。

なにげなく視聴した「中井正広の金曜日のスマたちへ」
今回は、佐村河内守さんを特集していました。


佐村河内守さんが作曲したHIROSHIMA
10万枚を超す大ヒットを記録しています。
被災地では<希望のシンフォニー>として親しまれています。


今回放送された金スマでは、
佐村河内守 さんの壮絶な人生を再現していました。


≪壮絶≫という言葉、ひとつでは言い表せないくらい、
≪壮絶≫という言葉だけでは軽すぎるほど、すさまじい道のりを歩んでこられました。



≪佐村河内守 さん≫
誕生日:1963年9月21日(49歳)
出身地:広島県佐伯郡五日市町
学歴:崇徳高等学校卒業


被爆者を両親をもつ、
被爆二世として、
広島県佐伯郡五日市町(現在の広島市佐伯区)に誕生します。

4歳から母親からピアノの厳格な英才教育を受け、
ヴァイオリン、尺八、マリンバなどを習うほどでした。

小学生のときには、すでに作曲することができ、
楽式論、和声法、対位法、楽器法、管弦楽法などを独学するなど、
幼少の頃から優秀な才能は宿っていたようです。


しかし・・・佐村河内守さんの体に異変が出てきます。

17歳のとき・・・原因不明の偏頭痛や聴覚障害を発症します。

耳鳴りや嘔吐を繰り返したり、
太陽の光で偏頭痛を起こしたりと・・・それは本当につらそうな姿でした。


高校卒業後は、大学は音楽大学に進むとおもいきや・・・
クラッシックを学ぶことができないということで音楽大学には行かず、
東京に上京し、肉体労働者としてバイトをしながら、
独学で音楽を学びます。


19歳のとき・・・
失職し、ホームレス生活を半年間経験します。
そのときも、路上で思い浮かんだ曲を楽譜へとしたためていました。
そのときのノートが映し出されていましたが、
本当に細かく、芸術作品のように1ページ1ページに描かれていました。



25歳のとき・・・
本格的に聴覚異常が発症します。
交通事故で、一番の理解者だった弟・亨さんを亡くしたストレスのせいか、
聴覚異常はひどくなっていきました。



33歳のとき・・・
映画秋桜の音楽を手がけます。
左耳は聴力を失っていました。
それは突然の出来事でした。



35歳のとき・・・
「鬼武者」の音楽をすべて任される絶好のチャンスに恵まれます。


しかし・・・

絶好のチャンスとなる作曲の直前に・・・

左耳だけではなく、右耳の聴覚を失います。
そして、全ろうとなってしまいました。


すべての音が聞こえなかったときは・・・
失禁するほどのショックで何時間も立ち尽くすだけでした。


しかし・・・

このあとの佐村河内守さんの行動に驚かされます。


絶対音感を頼りに、知っているクラッシック音楽の楽譜を書き始めます。


そして、答え合わせをすると、・・・
クラッシックの音楽の楽譜をパーフェクトに書き上げていたのです。
それを30曲ためし、すべてクリアできたのです。

このとき、絶対音感で作曲できると確信し、
涙が流れたそうです。


すごいですね。佐村河内守さんの絶対音感。
やはり、ただものではなかったです。


しかし・・・佐村河内守さんが聞こえなくなる原因はなんでしょうか?
一番最初の症状は・・・
突然の左耳と頭痛でした。

頭鳴症による耳鳴りについては、
佐村河内さん自身は、
「父と母が、そして歴史が聞いた<原爆の音>。
それを私の血がいま、聞いているのかもしれません」と語っています。

被爆者の両親をもつ子供としての、
つらいコメントですね。

ゲームソフト「鬼武者」の音楽「交響組曲ライジング・サン」で脚光を浴びますが、
佐村河内守さんには笑顔がなく、
作曲を一度ストップし、障害者施設にいる子供との交流をはかり、
自分自身を見直す時間を過ごしました。

そして・・・
2003年秋に「交響曲第1番」を完成します。
HIROSHIMAという楽曲を完成しさせます。
絶え間ない耳鳴りの苦しみの中で完成させた交響曲は、
全3楽章、演奏時間80分を超え、
100人を超える大編成のオーケストラで演奏される超大作です。



番組内では公表されませんでしたが、
佐村河内守さんは、病気の症状がすさまじいため、
なんどかご自身の命を絶とうとしているようです。

相当つらい症状が今も佐村河内守さんを襲っています。

抑鬱神経症
不安神経症
ボイラー室に閉じこめらたようなごう音が鳴り響く頭鳴症、
耳鳴り
腱鞘炎など、本当に生きるのがつらいほどの症状に悩まれています。

嘔吐もあるため、
トイレの近くで作曲していたときもあったようです。

作曲するにはとても影響がある症状のため、
現在、1日に15種類の薬を服用しつつ作曲活動を続けています。


佐村河内守さんのお部屋で撮影が行われました。


とても暗いお部屋が気になりましたが、
やはり、光が症状を悪化するということで、暗室にしているそうです。


2008年9月1日。
広島市の広島厚生年金会館ホールで行なわれた
「G8議長サミット記念コンサート〜ヒロシマのメッセージを世界に〜」で、
「交響曲第1番」の第1楽章と第3楽章が広島交響楽団により世界初演されることで、
佐村河内守さんが脚光を浴び始めます。


アメリカ「TIME」誌が<現代のベートーヴェン>として取り上げています。



金スマを見た感想・・・
金スマでも、短い時間でしたがHIROSHIMAの曲が
オーケストラで演奏されました。

とても短い時間でしたが、
釘付けとなる音色で、スタジオにいる方のなかには、
涙を流されている方もいました。

HIROSHIMAには、
佐村河内守さんのすべて、命が託されているように感じました。


自分自身が恥ずかしくなってしまいました。

佐村河内守さんが深刻な病状にも関わらず、
作曲に向かう姿勢がとてつもなく熱い情熱で、
それでも作り続ける強い思いと行動に・・・・

成し遂げたい夢があるのですが、
ちょっと自身をなくしたり、あきらめそうになってしまっていました。

今回の佐村河内守さんの金スマを見て、
自分に甘いということを痛感しました。

佐村河内守さんは、よく耐えることができたと思う
経験をされてきています。

病状がすさまじいなか、作曲活動を続けられています。

まさに生き地獄のなかでも、
必死に歩まれています。

すべてを投げ出したくなる想いが募ってきたら、
佐村河内守さんのことを思い出すことで、
自分を正すことができたら・・・と思いました。




<HIROSHIMA>の全国ツアーが決定の詳細は[exclamation&question]

●佐村河内守作曲「交響曲第1番≪HIROSHIMA≫全国ツアー●

6月15日(土)のザ・シンフォニーホール(大阪府)

6月28日(金) フェスティバルホール (大阪府)

7月6日(土) 東京芸術劇場 コンサートホール (東京都)

7月11日(木) 愛知県芸術劇場 コンサートホール (愛知県)

7月21日(日) 横浜みなとみらいホール 大ホール (神奈川県)

9月16日(月・祝) 熊本県立劇場 コンサートホール (熊本県)

10月26日(土) サントリーホール 大ホール(東京都)

12月19日(木) 京都コンサートホール 大ホール (京都府)

12月28日(土) 広島文化学園HBGホール (広島県)

上記以外にも、
群馬、神戸、山梨、松本、新潟、仙台、札幌、福岡公演も近日発表される予定です。



佐村河内守 金スマ

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